ハロウィンネタ小説です。
長編「Invincible Children」設定でリョウとマリンとカナタの話。
無駄に長いのでご注意ください。
10月31日。
英明学園では全学でのハロウィンパーティーが行われていた。仕掛け人はもちろんクライムである。
大量に飾られたジャック・オ・ランターンや、学内を歩く仮装した人々が学園を異世界のように変えていた。あちこちから「トリック・オア・トリート!」という声や哀れな犠牲者の悲鳴が聞こえてくる。
一方、学園の男子寮は喧騒からは程遠く、人気もなければ物音もほとんどしなかった。
「静かですねえ……」
「だな」
共有スペースのソファに二人の少年が陣取っていた。マリンとカナタである。
「カナタ君、行かなくて良いんです? 今日一度も外に出てないですよね?」
「……うるさいの、嫌い」
「そうですか」
二人は仮装もせずにのんびりとくつろいでいた。
基本的に『不思議倶楽部』のメンバーはお祭り事が好きなのだが、いつも不憫な目に遭うマリンと人間不信気味なカナタは例外だった。
「今日は平和だといいですねえ……」
どこか遠い目でしみじみと言うマリンを横目に見ながら、カナタはのど飴を口に放り込んだ。
(絶対無理だな)
心の中で非常な宣告を下しながら。
しばらく静寂が続き、カナタの口の中の飴が完全に溶けてなくなったころ、窓の方から小さな物音が聞こえた。
本当に気を付けていなければ聞き逃してしまうような小さな音が断続的に続いている。
マリンの方をちらりと見ると、彼は共有スペースに置いてあった雑誌を読んでおり、物音には気付いていないようだった。
(気のせいじゃない……間違いなく何かいる)
カナタの直観が告げている以上、間違いはない。
何気ない風を装いながらそっと窓を見ようとした、その時。
「トリック・オア・トリートー!」
狼男の仮装、というより着ぐるみを着たリョウが窓を勢いよく開いて入ってきた。
「!」
「リョ、リョウ君!? 何してるんですそんな所で!」
不意をつかれたマリンが驚きのあまりひっくり返りかけている。なかなか珍しい光景だ。
「ったく、それはこっちのセリフだぜ。なんで参加してないんだよ。意外性のない奴らだな」
「だからって普通窓からは入ってきませんよね!? ここ四階で、しかも着ぐるみじゃないですか、それ!」
リョウの身体能力は普通の人の倍以上だ。とはいえさすがに着ぐるみという格好でここまで登ってくるのは難しいはずだ。
「というか鍵はどうしたんです!」
「ピッキング」
しかもこんな労力を払ってまでここまで来た、という事は。
(良からぬ事考えてる……以外に無いよな)
普段はサボリ魔のくせしてこういう時には必ず必要以上の能力を発揮するのだからタチが悪い。
案の定、リョウは懐から怪しげな袋を取り出した。
「何です、これ」
「へっへーん、見て驚くなよ」
リョウはゆっくりと袋の口を開く。中を覗き込むと、色とりどりの金平糖がちょうど十粒入っている。
「……何です? これ」
「名付けて『ロシアン金平糖』! クライムに頼んで特注してもらったんだ!」
「ロシアン……?」
もう一度袋を覗いて確認するが、そこに入っているのはどう見ても普通の金平糖だ。そもそもこんなに小さいものに仕掛けができるのだろうか。
(……いや、クライムが関わってるなら可能か)
クライムのやる事に不可能は無い、というのは周知の事実である。
「まあな。おいカナタ、いつまで覗いてんだよ。見た目じゃ分かんねーだろ?」
「ん」
とりあえず袋をリョウに返す。
「で、一体どういう風にロシアンなんです?」
「よくぞ聞いてくれました! 実はこの金平糖のうち一粒だけ……」
「一粒だけ?」
マリンがごくりと息を飲んだ。完璧にリョウのペースに乗せられている。
リョウはさんざん勿体振った後、重々しく口を開いた。
「一粒だけ……『カボチャ味』なんだ」
「「は?」」
全く予想していなかった言葉が出てきて思わず間抜けな声を出してしまった。
「ハロウィンといえばカボチャだろ!」
「分からないではないけど……」
「斜め上すぎですよねぇ……」
ため息混じりに言うとリョウはムッとした顔になった。
「えーい五月蝿い! とりあえずカナタ、やってみろ!」
袋を押し付けられ、うっかり受け取ってしまう。正直なところ、丁重にお断りしたかった。イタズラ好きなリョウがまともなロシアンルーレットにするはずがないからだ。ましてクライムが絡んでいるなら尚更だ。
だが。
(本当にカボチャ味なのか……気になる……!)
カナタにしては非常に珍しく、好奇心が勝ってしまった。
そっと袋に手を入れ中を探る。触った感触はやはり普通の金平糖で、判別はできそうにない。
(仕方ない、リョウには悪いけど……)
目を閉じて指先に神経を集中させる。この程度なら直感だけでも当てられるだろうが、念には念を入れて能力も発動させる。
一つずつ確かめていくと四個目で手応えがあった。つまみあげてそのまま口の中に放り込む。すると、口の中に甘いパンプキンパイの味が広がった。
「……カボチャだ。というかパンプキンパイだ。すごい、どうやって作ったんだコレ」
「本当です!?」
「マリンも試してみるか?」
リョウが別の袋を差し出す。
さっき発動した能力の名残か、カナタにはその袋の中身が『視え』てしまった。その中には十粒の金平糖が入っていた、だが確実に先ほどの袋のものとは違っていた。
固まるカナタに気付かず、マリンは袋に手を入れる。しばらく悩んでいたが、結局適当に選び出すと口に入れた。
「あれ? 普通です……ね……!!?」
始めは何ともなかったが、みるみる顔が青ざめていく。おまけに目に涙まで浮かんできた。
次の瞬間、マリンはソファを飛び越えて洗面所の方へ走り去った。火事場の馬鹿力としか思えないスピードだ。
「かっ……辛ーーーッ!!」
マリンの絶叫にかぶさるようにリョウの笑い声が響いた。
「……リョウ。あの金平糖……」
「そう! 激辛ハバネロ金平糖! まさか引いちゃうとはな!」
腹を抱えるリョウを睨むと、カナタは放り出されていた袋を拾って突き付けた。
「じゃあリョウ、これ食えるか? 十分の一の確率だったらハバネロのはもうないはずだもんな?」
ぴたりと笑い声が止む。おそるおそるといった感じでリョウがカナタを見た。
「えっと……バレてた?」
「やっぱりな。これの中身、全部激辛のにしただろ」
そう。全てはリョウの作戦だった。
カナタが好奇心に負けて挑戦する事も、一度誰かが挑戦すればマリンは疑わないであろう事も、計算のうちだったのだ。
カナタはマリンを信用させるための前振りに過ぎなかった。あくまでイタズラのターゲットは――マリンだけだった、という訳だ。
「本当、悪質だな……」
「引っかかる方が悪いんだよ!」
遠くからまだマリンの悲鳴が聞こえていた。
結局今回も、マリンにとっての『平和』は訪れなかった。
* * * * *
ハロウィンに間に合ってよかった。
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